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コンピュータネットワークと知識共有–情報集めの便利な方法– (1991)

これは、1991年に書いたものです。

はじめに

コンピュータ技術の発達にともない、学術・教育環境におけるコンピュータの 役割は大きくなってきている。研究・教育活動においては本質的に、膨大な新 旧知識情報を取り扱うことが要求される。コンピュータによりこの活動を支援 するという期待は非常に大きいといえる。分散している知識情報を、伝達、共 有、整理、利用することを考えると、分散されたコンピュータ間相互のコミュ ニケーションの重要性を認識することができる。

コンピュータネットワークはこのような要求に応えられる唯一のものであると いってよい。多くの学術活動によって取り扱われる知識は、記憶、蓄積、伝達、 分析などの処理に際して(言語を含んだ)文字情報や数値情報として最適に表 現される場合が多い。コンピュータはこれらの取り扱いを高速に行なえる。

コンピュータネットワークの発展

コンピュータネットワークはコンピュータ機器の共有を目的とした技術開発に 端を発している。これは、機器が高価であったことが最大の理由だが、その単 純な能力のためにコンピュータそのものが蓄積した情報を取り扱うような使わ れ方をしていなかったことも本質的な理由のひとつである。

TSS の発達によりコンピュータにおける情報の蓄積とそれに対する対話的なア プローチが一般的になった。オンラインデータベースはその典型的なアプリケー ションである。離れたところにあるコンピュータを利用することは、電話網と その応用技術によって自由に行なうことができるようになったと言ってよいだ ろう。しかしこの種のアプリケーションは資源共有型のネットワークの延長に あると言ってよい。多くの人が単に1か所のコンピュータを利用しているに過 ぎない。資源、サービスを提供する主体が存在しないと情報は維持されない。

コンピュータネットワークの応用としては、ネットワーク技術が登場したとき からはほとんど予想されなかった「メッセージ交換」が学術コンピュータネッ トワークの現在の最大の応用機能となっている。メッセージ交換はコンピュー タの利用者が「メッセージ」を作成し別の利用者に伝達する仕組みの総称で、 現在では「電子メール」「電子掲示版」といった応用システムとして広く使用 されている。

この特徴は、コンピュータの利用者間のコミュニケーションとして位置付けら れる機能であることと、そのメッセージはコンピュータに蓄積され得るあらゆ る情報を含むことが可能な点である。つまり、コンピュータで取り扱える知識 情報などの情報は個人対個人(電子メール)、個人対グループ(電子メールリ スト)、個人から全体へ(電子掲示版)自由に伝達することができるようになっ た。さらに、それらの情報は受け手において自らのコンピュータ環境に情報と して取り入れることができるので、整理、加工、再利用が可能な情報として蓄 積することができることも大きな特徴である。送られたメッセージを受け手の 責任で任意の時間に参照できる点も研究環境で一般的に発展した理由の一つで ある。こうして、コンピュータネットワークは、郵便でも、電話でも、そして、 ファクシミリでも代行できない役割を、広い学術分野の研究者に提供するよう になった。

コンピュータコミュニケーションの利点

国際的にみても化学関係の分野ではコンピュータコミュニケーションの利用者 は多くない。その理由は、研究の基盤としてコンピュータを利用しない分野が 多いことと、離れた場所にいる研究者が密接な協調関係を持って研究をすすめ る必要が少ない分野が多いことであろう。

しかし、この現状は少しずつ崩れつつある。パーソナルコンピュータ、小型の ワードプロセッサの普及とモデムなどの電話網を利用する通信機器の低価格化は 社会的にコンピュータコミュニケーションのブームを引き起こし、さまざまな 社会活動においてコンピュータコミュニケーションが有効であることを証明し た。

そのような場面で実証されたコンピュータコミュニケーション利点は以下の ようなものであろう。電子メールでは、

  • 手紙に比べて手軽。電話のように相手の仕事を中断することがない。即時性がある。
  • 紙に出力する必要がない。キーボードから打ち込んでそのままだせる。
  • 他の人のメールを引用するなど、文書の再利用が容易であり議論が進めやすい。

電子会議、電子掲示版ではメールと同じようなメリットに加え、他数の人の目 に触れることによっておもわぬ人から情報を得ることができる。一度提供され た情報はコンピュータ上に保存されるので、後から見ることができる。

電子掲示版の特徴は、「たまたまそれを知っている人が答える」というところ にある。エキスパートほど多忙であり、そのような人を煩わせることは気が重 い。またそういう人は概して捕まらない。完成された知識ももちろん必 要だが、「たまたま知っている」ことを集めると、そこには生きたノウハウが あり、ひとあじ違った情報が得られるものである。

研究環境でのコンピュータネットワークはパソコン通信にみられる集中型のア プリケーション共有でなく、ネットワーク間接続による大規模分散環境に移行 しつつある。このような環境はいまや地球規模での広がりを見せており、その 上のアプリケーションとしての電子メール、電子掲示版も世界的な規模で展開 されている。ここにながれる情報の多くは、出版物などの既存のメディアにの りにくいノウハウの固まりであるということが特徴である。コンピュータの利 用に関係することが多いのはもちろんだが、最近生物、化学関係のユーザが急 激に増加し、情報が増えている。

まとめ

地球上に分散している人類の活動とその活動を支援するコンピュータ科学技術 を結び付ける部分にコンピュータネットワークの存在がある。人類の活動に貢 献する重要な拠点である研究教育環境とコンピュータネットワークの関連は極 めて強い。ここから発生するさまざまな命題を、科学分野のみならず、総合的 な分野から国際的に追求していく時が到来しているからである。