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紙メディア、印刷の呪縛から解き放たれて、改革に踏み出すべき時が来た。

ワープロ(ワードプロセッサ)と表計算(スプレッドシート)はパソコンのソフトウエアでは、最もポピュラーなものである。Microsoft社のWordとExcelが事実上の標準ソフトとなっており、多くのパソコンにバンドルされて販売もされてきた。非常に多機能であり、様々な用途で様々な使い方をすることができるし、実際に行われている。しかし、スマートフォンの普及によって、大きく環境が変わってきている現在、その必要性について、一度立ち止まって考えてみてもよいのではないだろうか?

印刷物作成に対する需要

パソコンが社会で認知されるようになったのは、Apple IIの発売によってだろう。その後、MicrosoftによるBASICインタープリタを搭載したパソコンがいくつか発売された。しかし、その用途はもっぱらホビー用と捉えられていた。しかし、オフィスでもコンピュータは活用が模索されており、米国でもいくつかの研究開発が行われていた。

当時のオフィス環境では、タイプライターが主流であり、文書の作成はタイプライターで行われていた。日本においても、活字を用いた和文タイプライターが存在し、特に、日本の官公庁における書類の作成や印刷業界の版下制作を支えていた。

14世紀に発明された活版印刷技術によって、大量に美しい文書の複製を作ることができるようになった。最初に活版印刷で作られた文書は、聖書であり、宗教改革においては、印刷がその重要な役割を果たしたともいわれている。その後の印刷技術の発達によって、多くの書籍が作られた。我が国においては、木版印刷の歴史は古く、平安時代後期以降仏典の制作には活用されていた。江戸時代以降は浮世絵、かわら版などの印刷技術が近世文化を支えていた。実は、金属活字印刷術が、江戸時代直前に一度もたらされたのだが、キリシタン禁止令によって姿を消した。江戸時代末期に鉛活字による印刷技術が導入され、日本語の活字の開発が行われ、明治時代急速に日本に浸透していくこととなった。

近代印刷では、大量に同じものを製作できるということだけではなく、見やすい、読みやすいという視点で印刷技術は発展し、我が国の近代化に大きな貢献をしたと思われる。

手書きとタイプ(印刷)はしばしば比較される。手書きの文字は個性が表れ、温かみや誠意を受け手に与えると言われ、個人的な文書は手書きをすべきであるいう考え方は最近まで少なくなかった。その裏返しとして、印刷、タイプされた文書は、冷たく、事務的に感じられるということだ。事実を淡々と伝えるという印象があり、手書きよりも印刷された文書のほうが信ぴょう性を高く判断する傾向もあるだろう。

そのため、ビジネス分野では、タイプ印書は多用され、昭和時代、タイピストという職業は、特に女性にとって人気のあるものであり、その資格もあった。オフィスにおいてタイピストに求められるのは、総合的なビジネス文書の作成能力であった。

Wiredに掲載された記事で興味深いものがあった[1]。アルトは、米XeroxのPERC研究所が開発したワークステーションで、現在のパソコン、ワークステーションに大きな影響を与えたものである。しかしその中の、「夫たちがアルトに指一本触れなかった理由」という節で、『それどころか、その場で実際に体験できる時間を設けた際、アルトの前に座ってキーボードを操作し、マウスを試していたのは、ゼロックスの幹部ではなく彼らの妻たちだった。キーを打つのは女性事務員の仕事と考えているらしい夫たちは心を動かされた様子もなく、腕組みをして会場の端から遠巻きに眺めているだけだった。

研究員のひとりは、ある幹部役員がこう言ったのを耳にしている。「男であんなに早くキーを打てる人間は見たことがないな」。つまり、明らかに目のつけどころを間違えていたのだ。』という部分がある。

日本では、和文タイプライターを置き換える形で、日本語ワードプロセッサという専用のシステムが登場する。ホビー用のパソコンに比べると高性能のプリンターを備え、ディスク装置(最初はフロッピィディスク)が付属し、文書を保存再利用できる。しかし、初期のワードプロセッサ専用の高価なシステムであっても、ハードウエアがパソコンと大きく異なることはなく、ディスプレイは40字(漢字)×20~25行の表示であり、文書の複雑な書式の設定は、もっぱらマークアップ型でスタートしている。

漢字の印字が最初は、16×16ドットであったが、少し複雑な文字ではつぶれてしまうことと、なにより和文タイプライターに比較して、美しくない、いやむしろ汚いので、ビジネス用途では、24ドットでの印字が短期間で利用されるようになった。当時は、プリンター側に漢字のフォントパターンが入っていて、画面の表示と印刷では別のフォントを使っていた。

しかしながら、初期のワードプロセッサでは複雑な作表などを画面上で確認することができず、その利用にはやはり熟練が必要であり、タイピストがワープロのオペレータへと変わっただけだった。

パソコンのオフィスへの進出

パソコンに最初に搭載されたビジネスソフトは、表計算ソフトのVisiCalcである。機能は少なかったものの、基本的な方式は現在のExcelと共通している。パソコンといえども立派な「計算機」なので、こうした集計ソフトウエアが適しているのは当然のことだろう。

アメリカでは、優秀なタイピストがタイプライターを打ってくれるので、日本のようにワードプロセッサの切実なニーズはあまりなかった。そのため、ワープロ専用機というものは、ほどんど生まれることなく、パソコンにワードプロセッサソフトが搭載された。Wordstarがほぼ市場を独占する形であった。こうして、パソコンは、ワードプロセッサと表計算ソフトという双璧でオフィスに普及していった。

研究者は、タイピストに打ってもらうということはないので、パソコンにワードプロセッサが搭載されると日常的にそれを使うようになった。大学院生になり英語論文を書くようになると、研究室に導入してもらい、Wordstarで論文をたくさん書いた。それまでの、電動タイプライターに比べれば飛躍的に効率がよくなった。当時ブラザーが発売したDaisywheelプリンターを接続して、利用した。今では当たり前のことだが、英文では印刷は、文字によって幅が違うプロポーショナルスペーシングで印字される。タイプライターでは等幅でしか印字できないが、ワープロを使うとそれができる。その美しい仕上がりはちょっとした自慢だった。

WYSIWIGの夢とExcel方眼紙

さて、最近でこそ高精細のビットマップディスプレイとグラフィック表示によって、WYSIWIG(What You See Is What You Get) に近づいたが、それが十分にできるようになったのは、ごく最近のことだ。それまでは、80字×25行のディスプレイとか日本語であれば、40字×20~25行のディスプレイで編集作業を行ってきた。ここで、ある現象が始まった。表計算ソフトを方眼紙のように使うという方法である。

日本語では、手書きで文章を書くときには原稿用紙というマス目の切られたものがある。原稿用紙は様々な形状があった。また、学校などで印刷を行う時には、通称ガリ版と言ったが、謄写版という簡易印刷機があった。ガリ版の原紙には、方眼紙状に模様が書いてあり、それに合わせて手書きや、タイプ印字を行った。ガリ版という呼び名は、やすり状の下敷きの上で鉄ペンで書くときに、ガリガリいう音がするところからきている。原紙は薄いインクを通す紙の上に蝋のようなインクを通さないものを塗布したものであり、手書きの場合にはそれを削っていくのである。タイプ印字の場合には強く叩くことで、それが剥ぎ取られる。パソコンとプリンターで原稿を製作する以前はこうしたものが使われていた。

漢字かな交じりの日本語は、英文と違い原則的に文字は等幅であり、マス目との親和性は特に高い。それまで、タイプ印書と手書きで多くの書類は作られていた。役所の手続きなどで、記入する書類は、枠の中に文字を書き込むように指示されていることがほとんどで、それを手書きで埋めて提出するというのが一般的な姿だった。

枠が決まっていて、その中に埋めていくというのは、洩れなく情報を記入することと、書いてある場所でその事項を判定できるということで、その後の事務作業を効率的にすることができる。当初は、書く方も、受け取って処理するほうも人手であり、そうした書類は印刷されて作られていた。役所の手続きなどに使う法令書式は膨大なものがあった。

さて、ワープロと表計算ソフトが組み込まれたパソコンがオフィスにやって来た時に、その書式を模して作ろうとするときに、どのようにしたかである。コンピュータの操作に習熟したものであれば、ワードプロセッサを使って製作する。しかし、こうした書式の中には、帳票類も含まれていて、請求書、請求明細書のように計算をできたほうが便利なこともある。会社での多くの事務作業は入出金に関わることが多く、表計算ソフトのほうが主役になっていったのは必然ともいえる。ワープロソフトにはかなり初期段階から作表、計算機能が組み込まれていたのだが、ワープロに習熟するほうが大変だったと思われる。そもそも一般のオフィスワーカーはそれほどさまざまな文書を作成するわけではない。

そこで生まれたのが、Excel方眼紙とか、神Excelと言われるものである。もともと紙として存在している書式をそのままそっくりで、紙に美しく印刷することだけを考えて作られている。不幸なことに、日本語はマス目に親和性が高いことと、美しくということを考えると、大きな枠の中に均等に文字を割り当てたいという欲望が芽生えてしまう。神Excelは紙に、従来からある書式と同じように印刷することだけを考えていて、表計算を行うことなんか全くない。何が問題かというと、例えば銀行の口座番号や、金額を記入するのに、1つのセルに1文字ずつ記入するようになっていたりするわけである。

本来の目的を全く考えない、目先だけの道具のつかいかた

実は、これは、表計算ソフトの使い方だけではない。ワープロソフトでも同じようなことは頻発している。印刷したときの体裁だけを考えて、空白や、改行を入れて見た目を整えるという使い方である。これの何が悪いかというと、一文字おきに空白を入れて書いてあると、それを訂正するときにまた一文字ずつ空白を入れなおさないといけない。文章の途中で改行されていれば、改行の場所を直さないといけない。

これらはすべて、印刷することだけを目的として使っているのでこうしたことが起きる。日本では、「一太郎」という国産のワープロソフトが存在していた。日本生まれの日本育ちのソフトウエアなので、こうした日本特有の使われかたも考えられている部分も少しはあった。だが現状は事実上Wordが標準となってしまった。

実は、細かい書式指定を多用する印刷のために組版は、専用の組版系ソフトウエアの分野であり、Wordはそういう意味では簡易的な組版機能しか提供していない。むしろ本来的には入力し、編集することが主な機能である。英文のWordstarなどは、最初はテキストエディタにマークアップの記号を入れられるだけのものからスタートしている。

マークアップ型のシステムや、マークアップ言語とタイプセッターとの組み合わせがプロフェッショナルの間では使われてきたし、高度なものとしては、デスクトップパブリッシングと言われる分野で専用のソフトウエアもいくつも存在する。

ペーパーレスに向けての目的の再確認

なんでそんなことになってしまったのかというのは簡単なことで、パソコンをめぐるソフトウエア環境の貧弱さである。WordやExcelは良いソフトウエアだ。非常に柔軟でいろいろなことができるが、習熟することを求めすぎる。

振り返って事務作業を行う時に必要なことを再確認するべきだ。たぶんその背景には、高い能力のタイピストやオフィスワーカーの存在があったと思われる。しかし、神Excelを生み出したことも事実である。

それはなぜか?もちろん紙にきれいに印刷することは必要だ。きれいに書式通りに割り付けて印刷する目的は、そのあと人がそれを見て、処理を行うことを容易にするためである。ところが、印刷することが目的になってしまっている。今や処理する先はコンピュータであるわけだから、コンピュータに入力しやすいように情報を収集することが目的であって、印刷することではない。したがって、ここでExcelが登場するのは明らかに間違っている。書式に記入するのが手書きで行われるなら、それはやむを得ないが、それは昔の通り印刷されたブランクフォームに記入してもらう。コンピュータで入力をしてもらうのであれば、現在ならば、当然のことながらWebのフォームに入力するのが最も合理的だ。インターネットにつながっていない状況でもできなければならないということであれば、百歩譲って、PDFフォームという方法がある。最低限電子メールが送信できなければならないが、入力欄のあるPDFを配布し、それをAcrobat Readerで開くと、入力が行われ、入力されたデータは電子メールで決められたアドレスに送信されるというものだ。ネットワークにつながっていれば、直接サーバで受け取ることもできる。

同じように、Wordの書式に記入してもらうという場合も同じことが言える。単なる見本というならまだしも、記入してもらって情報を集めたいのなら、Webフォームを使うべきだろう。

現在、目にしているWebはHTMLで書かれている。HTMLはマークアップ型言語であり、表示のための細かい指定は、スタイルシートに分離して指示できるようになっており、本体は、見出し、段落、箇条書きなどといった文書の構造的な記述を行うようになっている。Webの技術も非常に進歩して非常に細かな表示の指示を行うことができるようになった。

こうした文書の構造を指示したマークアップ言語で書かれたドキュメントのほうが、情報として扱うには優れている。それにはXMLという標準がある。公的機関を中心に、利用は少しずつ進んできている[2]

Word, Excel, PowerPoint などのいわゆるパソコンで利用するデスクトップアプリケーションが一切不要というわけではない。しかし、これは古くからの印刷前提の遺物を引きずっているソフトウエアである。自由度が高い代わりに、適切な利用をするためには、操作者に対して高いスキルを求めるのである。それにくらべれば、Webのフォームに必要なことを順に記入していったほうが効率的な業務のほうが圧倒的に多いと考えられる。それに最終的に紙の書類にする必然性はなく、然るべきコラボレーションができればよい。

Microsoftは、Office 365というサービスを提供している。Office 365には、従来型の Word/Excel/PowerPointの利用が含まれているので、同じものとして認識されているかもしれないが、企業向けのOffice 365の中心は、SharePointであると言える。SharePointは、デスクトップアプリケーションのWord/Excel/PowerPointで作成されたドキュメントを強力に管理する機能、Blogや、SNSのような機能、フォームの作成管理を行う機能などを統合したWebアプリケーションの集合体である。企業向け Office 365のコースには、デスクトップアプリケーションの利用権を含まないものもある。このコースでは、SharePoint、Exchange (電子メール)、Skype for Businessと、FacebookライクなSNSのYammerとグループチャットソフトウエアのTeamsが使えるようになっている。Word/Excel/PowerPointで書かれたファイルはWeb(Office Web Apps)で扱えるようになっている。かんたんな編集や修正ならば、WebAppsで十分できるようになっている。なお、このコースは、大学や高校などのアカデミックライセンスでは無償で利用できるものとほぼ同等である。Webフォームを作成、管理するツールはアカデミック向けには、Formsというものが提供されている。企業向けにも近日提供される予定だ。

印刷して印鑑を押さなければならないと思っている人もいるかもしれないが、人手不足が進行する中で、効率化するためにはIT技術に頼らざるを得ない。マイナンバーシステムも稼働を始め、電子的な認証に移行する日は日本でもかならずやってくる。

終わりに

IT環境は今やインターネットとクラウドが中心であることは疑いのない事実である。スマートフォンやタブレットの普及は、紙に印刷することから、これらのデバイスで情報を扱うことに大きく転換しているということを意識すべきだろう。もちろん、見やすく、きれいに表示することはこうしたデバイスでも重要である。しかし、同時に情報は有効に活用しなければならない。マス目に文字を埋めるのではなく、情報の構造を意識しなければ、データの有効活用には程遠い。

マス目に文字を埋めて、紙に印刷して印鑑を押すような業務フローを行っているのでは、働き方の改革には程遠いと言わざるを得ない。認証の技術、電子署名などを積極的に取り入れて効率化を行い、情報としての価値を高めるために何をすべきかを考えなければ、真に業務を改革することにはならない。

世界で提供される新しいサービス、よく使われているサービスやソフトウエアにはヒントが隠れていることが多い。自分たちのやり方が正しく、本当に効率的なのかを比較をして、常に問いかけなければ進歩は得られないだろう。

[2] なお、Microsoft Officeや、Libreofficeなどのアプリケーション、WebブラウザでXMLファイルは限定的ながら表示、編集することはできる。